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うーん、また今日が今日なんだという意識を持って生活ができてない気がする

あらゆる今日が忘却されて無に帰していく気がする。

記憶には意味記憶エピソード記憶が2種類あるらしい。

意味記憶が文字や数字で表すことができる言語的なもの例えば人の名前などで、エピソード記憶は文字や数字では表しきれないもの例えば人の顔や体験した情景、感情、匂い、音、誰と?など。

昨日の何食べたとか思い出せない人はエピソード記憶が弱い傾向にあるかもしれない。自分は記憶力がある方だとずっと思っていたのだけれどそれは意味記憶の方で、エピソード記憶に関してはめちゃくちゃ貧弱なことがわかった。それが最近の悩みで、昔の記憶があんまりないし、どういうことかというと例えば数ヶ月に行ったコンサートの内容が思い出せない、そもそも行ったことも他人に指摘されるまで忘れてたりする。このことを感じ始めてから、どうせ忘れてしまうのに何故コンサートに行くのか?とか思ったりした。多くの人にとって思い出がたくさんあるであろう小中高校生のときのことあんまり覚えてないや。反面、得た知識は忘れてない。

あらゆる出来事は忘れられて無に帰っていくけど、作成したものや言語的な記憶・記録、知識は消えずに残っていってくれるっぽい。つまろ自分は毎日何か知識を得て、何かモノや記録を残し続けないと、本当に毎日が無になってしまう。

エピソード記憶を鍛えるとかより、毎日何か残すことを目指した方がいい。

2/18/2017

完全に忘れてた昔の出来事を思いだすことがあると、自分は他のもっと多くのことを忘れて生きてることに気づき、しかし何を忘れているかは具体的にわからないところが恐ろしいなと感じる

2/16/2017

毎日がEveryday感が希薄になってきた今日は夜に寝て、午前中に起きたので生活リズムが戻せてよかった

2/15/2017

最近忙しかったので食事がお弁当や食堂が多くなって出費が重んだ気がする。もともと値段を気にして食事とかしなかったけど、一人暮らしを続けてるといろいろわかるようになったなぁ。

2/14/2017

また日を跨いでしまった

星野源のコピーバンドをすることになったけどSUNのピアノとストリングスをどう平行してやるか考えてる。

①ピアノだけやる

メリット とても楽だ デメリット 全体として音がしょぼい。

②ピアノとストリングスをやる

メリット 原曲再現率高し。 デメリット 僕が忙しい、手が足りない説。

③ストリングスのメロディを取り入れつつピアノを再編曲する

これは折衷案。アウフヘーベン案ともいう。

 

とりあえず②を頑張って、無理そうな部分は適宜編曲して③をやることにしよう。この曲はやっぱストリングスの比重高いと思うのでそこを切ることはできないと思う。

というわけで②をうまくやるために

https://www.amazon.co.jp/Novation-33985-%E3%83%91%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9-Launchpad-MK2/dp/B0107RTB9G

 

を買った。

ストリングスは何個も音を重ねてて指が足りないので、あらかじめ重ねた音をここに登録しとけば上手くいくのではという作戦。

2/13/17

耳コピに夢中になってたら日付が変わってしまった

 

星野源の恋のAメロのコード進行

(key=A)

A   C♯7 F♯m  A♯dim  

D   C♯m7  Bm7   E

 

個人的に興味深いのはA♯dimのとこ。

dimコードは進む先がTかSDMかDの場合があるけど、これは進行先がSDMのパターンのdim。

他のⅦdimはTに進んで終止、Ⅳ♯dimはVに進んでから終止するけど、Ⅰ♯dimはSDMに進むのでそこからの自由度が高い気がする。

 Ⅰ♯dimを上手く使いこなしたいなぁ。

2/12/17

数学と音楽を結びつける文章は多い、今日はそれにあやかってみる。

 

数学で、直感を養わず字面上の定義や定理を追って覚えるだけの勉強をするのはやめなさいと言ってる人がいた。

和声学で、耳を養わず、規則や禁則や用語を覚えるだけの勉強をするのはやめなさいと言っている人がいた。

 

なんだか似ているね。

 

自分は耳で聴いておかしいと感じるものが和声学で禁止されてたり、こういう和音の使い方ができると思ってたものが、和音学で例えばドッペルドミナントという概念だった、とかいう経験はよくあるが、そういう体験を数学の世界でしたことがないかもしれない。

「こういう概念があったらいいな」→「すでに誰かが数学で定式化していた」

この経験がないので、数学的が直感能力が弱いのかもしれない。あ、これだめなやつでは?

まぁ、音楽より数学の概念を思いつく方がきっと難しいだろうということで、仕方ないと思ってみる。

例えば、足し算ができるようになったあと、かけ算の概念を自力で閃く小学生とか、いないような気がするけど、もしかしたらいる?

追記:

ポール・エルデシュという数学者は4歳のときに負の数を発見したらしい。

 

他の理由を考察すると、

曲を聴くという受動的で楽な行動が「音楽的現象」の具体例を摂取してることになるから、そこから抽出して自分なりに概念を打ち立てられることも、比較的容易な理由の一つとも考えられる。

 

ならばここで一つ疑問が生まれる。

数学においてこの「曲を聴く」という行為は一体何なのか? だ。

 

数式と定理をぼーっと眺めて、「厳密な証明はできないが、意味するところやフィーリングはわかる、おもしろいね〜」と鑑賞する行為? よくわからない。

ミクロに重箱の隅をつつく厳密な証明も大事(しんどい)けど、まずマクロなゆるい気持ちで見てあげることも大事で、ゆるい気持ちで定理を1000個見たら、直感は身につくか?

うーん...そもそも定理を読むのに前提として必要な知識が多すぎて音楽と全く同じようにはいかない気がするが。

 

数学や他の分野における「曲の聴き方」どなたが教えてください。