1009/17

文章を書くということをしないと生活をやっていけない人々がいて、おそらく自分はそれです。日記という形で日常で考えたことが言語化・視覚化されると振り返ることができる。本当なら紙の形でいろいろなものを残して置きたい、祖父が死んだときに部屋から株価をメモした数字だけのメモが大量に残っていて、内容にとくに意味があるとは感じなかったけれど、人としての営みが目に見える形で残るところに意味を感じている。

死者に、非存在に、声を与えてみたら

どうなるだろうか。

この世で言葉を話す人間は全て生きている人間である。

自動車事故で多くの人が死んでいる。それでも自動車を規制しようとはならない理由は、自動車で死ぬ確率が極めて低いこと、自動車が便利なことに加え、死んで行ったものは声を持たないからである。彼らは自動車に文句が言えない。これは半分嘘である。

とにかく死者は喋ることができない、もし死者が喋れたら人間の言語空間は大きく変わる気がする、そういえば幼い頃読んだ”ハリーポッター”では、ある登場人物が死んでも肖像画となって喋ったりする、あの設定は死をあやふやにしてしまうとても特異なものだと思うし、死で物語を重くしすぎないためなのかなとも思う。

ところで生存バイアスという言葉が好きだ。生きるのに向いてないと思っている人が多くても、今生きている時点で、何らかの生存に適した行動をあなたは何かやっているということが自ずと示されてしまう。それができなかった者はもうみんな死んで行った。今生きているあなたは生存に向いている!そう考えると生存に自信が湧いてくるような気がしませんか?

基本的に我々は起こったことについて分析する。ニュースでは今日起こった事が伝えられ、雪が降ったとか、ミサイルが飛んで行ったとか...そういう自然現象を伝えるニュースはまあよいなと思う。あとは、誰かが犯罪を犯したり不倫したり失言したりだとか...基本的に人に関するニュースは最悪だ。僕は勝手に人々は犯罪をしたり不倫したり失言したりすればいいと思う。ただ知りたくはないし、聞きつけた第三者によって言語空間がそれらで埋め尽くされるのがしんどい。特定個人についての話は普遍的につまらない。とにかく、この話はもういいや。本筋に戻ると、人々は今日起こったことに対して怒ったり泣いたり楽しんだりする。こんなことをしていると知らない間に時間が過ぎて、病気になって、死人の仲間入りをしてしまうんだろう。

さて、起こらなかったことについては分析しないのが普通だ。「こんばんは。夜7時の起こらなかったことニュースです。今日は観測史上初めて誰も犯罪を犯さなかった日となりました....」めでたい。存在しないことに何か意味を見出したりすることは人間の基本的な認知パターンではないのだけど、ときに真実を語ることがあると思う。(全事象をどう捉えるか?)

今日、屋内でペンシルをポケットから落とした。落ちた音はしたのだがどこをどう見ても落ちていない。おかしい。一般的に物が消えることはあり得ないので見えないということは、必ず、”見えなくさせているもの”が、存在しているはずだ!!そう考えた僕は窓際のカーテンをにらみつけて、振り払った。ころころと、下からペンシルが転がってきた。よかった。

 今日は何が起こらなかった?

起こらなかったことに興味を持ち、何か真実を見つけたい。

 

ポケットモンスターキミにきめた!を見に行った

エモいシーンがあったので書いておく

サトシは旅の途中でライバルとの闘いに負け、逃げた森の中で彷徨っているうちに眠ってしまい夢を見る。そこはポケモンがいない世界で、サトシは学校にいかなければならない。ママに急かされ、遅刻しながらも校舎にたどり着くとオーキド「先生」がいる。挨拶をして教室に行くとサトシは宿題を忘れたことに気づく、「虹は空気中の水蒸気に光が屈折して起こります....」などと先生が解説している、授業が終わってつまらなさそうに屋上から遠くを見つめるサトシ。そこに夢の中のトウジとマコトが表れてこんな会話のやりとりをする、サトシ「この景色の先には何があるのかな?」トウジ「きっと街があって川があって、また街があって...海に出るかもしれない」サトシ「その先にいったら?」トウジ「また街があって...その繰り返しさ」

 

サトシは10歳になったらポケモンと旅をするような世界の住人であり、学校がある世界など知るよしもないので、こんな夢は見ないはずであるから、これは少年時代の視聴者たちが現実に対し抱いている感情に寄り添うための演出なのだと思った。

ただの繰り返しの連続、先がわかってしまうものほど面白くないものはない、小さいときに地球儀が好きだったが、一度どんな国があるかわかってしまうと急速につまらなくなってくる。行って目で見て確かめるしかなかった大航海時代の人たちはさぞかし楽しかっただろうなあ、ズルいなあと思っていた。なのでこのシーンはとてもキャッチーだ。

 

そのあとサトシは、ピカチュウといればどこに行ったって面白い体験ができてワクワクする!ようなこと(よく覚えていない)を言ってピカチュウを求めながら目を覚ますと、目の前にはピカチュウがいた...という話だった。

 

現実のつまらなさは人間の膨大な創作の多さが証明している。つまらなさから逃れるために少年たちはゲームをやったりアニメを見たりする。それが視聴者世代にとってはポケモンだった、という解釈をするか? もうひとつありそうなのは、誰かと共に何かを体験するということが現実の圧倒的なつまらなさに対する対抗手段なのかもしれないということかも? あと実際に体験するということは重要だ。海に行ったって水と砂しかないよ言いたくなるが、海水には温度があって、意外に冷たかったりする、驚きを感じて脳が動き出す、思考よりも体験が心を動かしていく、最近はそんな気がしてきた。

最近いいなと思ったコード進行(適当)

 

LoveCheat!

Aメロのオンコードのとこ

G C/G  D7/G   G

G A CM7 D G

Ⅰ Ⅳ/Ⅰ V7/Ⅰ Ⅰ

Ⅰ Ⅱmaj  ⅣM7 V Ⅰ

(オンコードで溜めて置いてからのコードAのとこでベースが動き出すのがすごく良い。

C/Gのボイシングが下からソ ミ ソ ド だといいかも。)

サビのラスト

G C♯m7-5/G  CM7 D7

Ⅰ Ⅳ♯m7-5/Ⅰ Ⅳ V7

ここもいいなぁ。ブラスの音選びが好き。

Ⅳ♯m7-5/Ⅰは普通にオンコードじゃなくても使える。

Ⅰ→Ⅳ♯m7-5/Ⅰ→Ⅳはあんまり見たことないような気がする。

 

 

 

 

Fly me to the moonのコード進行、augの使い方

www.youtube.com

1:15~

Key=B♭

Cm7      F7       Dm7-5     Gaug

In other words, please be true

ここほんと好き。

ディグリー表記

Ⅱm7 V7 Ⅲm7-5 Ⅵaug

 ベースの進行だけ見れば2536なので気持ち的には王道っぽいけど、

主旋律のメロディのレ→ミ♭を演出するDm7-5→Gaugが素晴らしすぎると思う。

今気づいたけどベースが5と3の間に経過音入れてる。このコード使うとき参考にしよう。

 

Augコードって一番扱いが難しそうなイメージある。たぶん日本にいて、Augというコードを聴く機会の80%以上が山崎まさよしのOne more time One more chanceのイントロで、残りの20%が店とかで掛かってるボサノヴァである(適当)他にも使われてるところある?

おジャ魔女カーニバル!のAメロ’ 

E♭ Eaug   E6 E7 (きっと毎日が日曜日 学校の中に遊園地)

これもしかり、one more time one more chanceもしかり、

Augは、元のコードから逸脱した音(増5度の音)を半音で動かしてどうこうしてやろうというのが、音楽的な意図なことが多いと思うけど、このFly me to the moonはちょっと違う気がした。Gaug→Cm9で 主旋律はCmの9thの音に半音で着地する感じ....うーん、もっと抽象的で本質的な表現がありそうだけど、Augの使い方が5%くらい分かった気がする。

 

3つからなる循環系コード

Ⅱm7- V7- ⅠM7- ⅠM7

 

Ⅱm7なのでSD(サブドミナント)から開始している。

好き、Maroon5Sunday Morningがこのコード進行の真骨頂という感じがする。

ⅠM7じゃなくただ単にⅠだと終始感が強くて繰り返すのには向いてない。そのあとⅣとかに行きそう。Ⅱ- V- Ⅰ-Ⅳ- Ⅶ-5- ⅢMaj ...みたいな 5度下降と4度下降を繰り返す反復進行だ(話が大脱線)

 

Ⅳadd9 - Vadd9-   Ⅵ- Ⅵ

 

SDから開始、誰もが知ってる456も9thをつければ新鮮な感じに。ちょっと明るくなる。

 

 

Ⅵ7-  Ⅲ7-  ⅣM7  ⅣM7

切ないけど暗すぎないから好き

機能的にT-D-Tをやってるように聴こえるけど代理されすぎててよくわからない。

コード進行を体系的にまとめたい

趣味でコード進行を収集しています、とりあえず世の中のコード進行を全て記憶することを頑張ろうとしましたが、やはり時間が経てば忘れていくので何かしらの媒体に蓄積していこうと思いました。なので自分のために書いています。知識を蓄積する上で大事だと思った要素が3つくらいあります、①体系的に分類する②情報の圧縮率を高く③実用的な場面で取り出しやすくするため、タグ付けをする ④自分がその進行が好きかどうか

①はまず4つからなる循環コードなのか、強進行で構成されるのか、同主調借用などの調号が変わる要素があるのか、またはそうでないのか、など大枠で分類するべき特徴だなと思います あと、基本的にコード進行と言っているのは3~4個以上のコードのまとまりを指しています

②は、基本的にコードは相対音感的にディグリー表記で捉えて考えようと思っています

③を最近までないがしろにしていたと思います、知識を引き出しにたくさん蓄積しても、出すべき場面で引き出しから取り出せないと使えない情報になってしまう、実用という視点を見たときのタグ付けをしたいです、ex.メインテーマの頭で使える 展開する時に使える 何回も繰り返すときに使いやすい...など 

「あの曲のあの部分のコード進行」というのも、実用例という点で③の見方だと思います

④が一番大事、やはり収集だけでなく、作曲に還元するのが目的なので、好きか嫌いかという「重さ」を情報に与えないといけないと思います、軽く扱われるべき情報と重く扱われる情報があるみたいな。その人の作曲の個性とは、その人の持ってる音への感受性や、その人の趣向を集めたものだと思います。