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2/12/17

数学と音楽を結びつける文章は多い、今日はそれにあやかってみる。

 

数学で、直感を養わず字面上の定義や定理を追って覚えるだけの勉強をするのはやめなさいと言ってる人がいた。

和声学で、耳を養わず、規則や禁則や用語を覚えるだけの勉強をするのはやめなさいと言っている人がいた。

 

なんだか似ているね。

 

自分は耳で聴いておかしいと感じるものが和声学で禁止されてたり、こういう和音の使い方ができると思ってたものが、和音学で例えばドッペルドミナントという概念だった、とかいう経験はよくあるが、そういう体験を数学の世界でしたことがないかもしれない。

「こういう概念があったらいいな」→「すでに誰かが数学で定式化していた」

この経験がないので、数学的が直感能力が弱いのかもしれない。あ、これだめなやつでは?

まぁ、音楽より数学の概念を思いつく方がきっと難しいだろうということで、仕方ないと思ってみる。

例えば、足し算ができるようになったあと、かけ算の概念を自力で閃く小学生とか、いないような気がするけど、もしかしたらいる?

追記:

ポール・エルデシュという数学者は4歳のときに負の数を発見したらしい。

 

他の理由を考察すると、

曲を聴くという受動的で楽な行動が「音楽的現象」の具体例を摂取してることになるから、そこから抽出して自分なりに概念を打ち立てられることも、比較的容易な理由の一つとも考えられる。

 

ならばここで一つ疑問が生まれる。

数学においてこの「曲を聴く」という行為は一体何なのか? だ。

 

数式と定理をぼーっと眺めて、「厳密な証明はできないが、意味するところやフィーリングはわかる、おもしろいね〜」と鑑賞する行為? よくわからない。

ミクロに重箱の隅をつつく厳密な証明も大事(しんどい)けど、まずマクロなゆるい気持ちで見てあげることも大事で、ゆるい気持ちで定理を1000個見たら、直感は身につくか?

うーん...そもそも定理を読むのに前提として必要な知識が多すぎて音楽と全く同じようにはいかない気がするが。

 

数学や他の分野における「曲の聴き方」どなたが教えてください。