ふわとろオムライスの作り方

言語のプールの外で

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めんどくさいことをすぐ投げ出して他のことをする癖がある気がする。対象には辛抱強く向き合った方が良い。

数学で、最初わからなかった概念を無意識に放り込んで1週間ぐらいおくと、(概念が)めちゃくちゃ自然だと感じるようになってくる現象は何なんだろう。n次元で成り立つ定理や概念はやはり1〜3次元で確認しておくことが必須だなあと思った。いきなりn次元で考えるのは全然良いことではなくて1〜3次元の例から帰納して考えることがとても大事だと思う。数学は演繹の学問のようによく言われるけどそれは半分間違いで、創造の源泉は帰納的なところにあるのだよなあ。

難しいから何もわからないではなく、簡単なものに置き換えて考えてから考えるというプロセスの重要さを感じる。足場を固めて登り続ける感じが大事だなあ。

 

scienceという言葉は科学という意味だと思っていたけどconscience(分別)という言葉に出会って自分はscienceの意味が分かってないんじゃないかと思い語源を調べたらscissors(はさみ)と同じであることがわかった。

分割して成立している体系的なニュアンスなのだと思った。だから科という漢字が当てがわれているっぽい。日本の大学は学部のことを〜科と言っているけど英語圏だとdepartmentでこれも分けられたものというニュアンスがある。そもそも分割して体系的な学問にするという考え方が東洋になかったので江戸時代には蘭学、とか国で一纏めにして〜学と言っていたが、明治維新で外来語の訳が必要になり科学という言葉ができたらしい。

江戸時代の和算とかは学じゃないのかなと思ったけど、むしろ〜術っぽい感じがする。

 

scienceが科学以外の意味で使わている例を見つけた。

 

Arbre de la science du bien et du mal (意:善悪の知識の木) (創世記)